欧州製造業市場の現在地

欧州の自動車産業は崩壊しているわけではないものの、すでに高成長市場ではなく、構造転換の局面に入っています。ハイブリッドが主役となり、EVは調整を経て再成長段階へ移行しつつある一方、市場全体の需要は依然として弱い状況です。こうした中で日本企業には、短期的にはハイブリッドで収益を確保しつつ、長期的にはEV競争力を高める戦略が求められます。同時に、半導体、FA・ロボット、産業脱炭素、医薬・医療機器といった分野での展開が、欧州市場における次の成長機会となります。本記事では、欧州製造業の変化とともに、日本企業が取るべき戦略と注目分野を整理します。

自動車産業の停滞と、日本企業が次に伸ばすべき有望分野

はじめに

欧州市場を語るうえで、まず気になるのが自動車産業の動向です。

日本企業にとって欧州は、長年にわたり自動車・自動車部品の重要市場でした。しかし近年は、「欧州の自動車産業は本当に不調なのか」「EVは失速しているのか」「日本企業は今後どこに活路を見いだすべきか」といった問いが、これまで以上に重くなっています。

結論から言えば、欧州の自動車市場は完全に崩れているわけではないものの、数量ベースでは力強い成長を失っており、構造転換の最中にあると見るのが妥当です。

その一方で、欧州では政策主導で新しい産業領域が育ちつつあり、日本企業にとっては自動車以外にも有望な分野が存在します。

本稿ではまず、欧州自動車産業の現状を整理し、そのうえで日本企業が今後注力すべき4つの分野――

  • 半導体
  • FA・ロボット
  • 産業脱炭素
  • 医薬・医療機器

を取り上げ、具体的に注目すべき日系企業を紹介します。


1. 欧州自動車産業は本当に不調なのか

生産も販売も「急回復していない」

ACEAのデータによれば、EUの乗用車生産は2024年に1,150万台まで落ち込みました。さらに2025年上期の欧州全体の乗用車生産は前年同期比2.6%減となっており、世界全体の生産が増える中で欧州だけが出遅れています。

販売面でも、EUの新車登録台数は2024年に前年比0.8%増の約1,060万台、2025年に1.8%増とわずかに回復したにすぎません。ACEAも、依然としてコロナ前の水準を大きく下回ると説明しています。

つまり欧州は、「大きく落ち込んだまま崩壊している」わけではない一方で、はっきりとした成長局面にも入れていないのです。


EVだけが悪いわけではない

2024年のEUでは、BEV(バッテリーEV)の新車登録が前年比5.9%減となり、市場シェアも13.6%にとどまりました。PHEVも減少しました。

このため「欧州でEVが失速した」という見方が広がりましたが、これは半分だけ正しい理解です。

実際には、2025年になるとBEVのシェアは17.4%まで回復しています。一方で、ハイブリッド車は34.5%とEU市場で最大勢力となりました。逆に、ガソリン車とディーゼル車の合計シェアは大きく低下しています。

つまり、欧州で起きていることは「EVだけが悪い」というよりも、

  • 内燃機関車が構造的に縮小している
  • その置き換えとして、まずハイブリッドが強く伸びている
  • BEVは2024年に踊り場を迎えたが、2025年には持ち直している

という変化です。

欧州市場の実態を一言でいえば、

“市場全体が低成長の中で、パワートレイン構成が急速に組み替わっている”

ということです。


2. なぜ欧州自動車産業は伸び悩んでいるのか

補助金頼みだったEV需要の弱さ

2024年のEV減速を象徴したのがドイツです。EEAによれば、ドイツのBEV登録は2024年に前年比27%減となりました。その主因は、購入補助の打ち切りです。

これは、欧州のEV需要がまだ完全に自立しているわけではなく、政策支援の有無に大きく左右される段階にあることを示しています。


欧州は「一つのEV市場」ではない

欧州のEV市場は一枚岩ではありません。北欧や一部西欧では新車販売の過半が電動系という国もありますが、中東欧や南欧の一部ではEV比率が依然として低いままです。

背景には、

  • 所得水準の違い
  • 充電インフラの格差
  • 各国補助制度の違い

があります。

つまり、欧州は単一市場に見えても、実際には

西北欧の先行市場

中東欧・南欧の遅行市場

に分かれているのです。


生産側には高コストと競争激化が重い

ACEAは、欧州の自動車生産が弱い背景として、

  • 厳格化するCO2規制
  • 高いエネルギーコスト
  • 関税
  • 中国勢との競争激化

を挙げています。

2025年上期の世界乗用車生産は3.5%増だったのに対し、欧州は2.6%減でした。中国は同時期に12.3%増と大きく伸びており、コストとスピードの両面で欧州を圧倒しています。

欧州メーカーは今、域内需要の弱さ域外競争の強さの両方に挟まれていると言えます。


欧州の産業全体が弱い

ロイターは2026年3月時点で、ユーロ圏の工業生産が2021年比で依然として低い水準にあると報じています。その背景には、

  • 高いエネルギー価格
  • 中国との競争
  • 米国関税
  • 低い生産性
  • 欧州車への世界需要の弱さ

があります。

つまり、自動車産業の停滞は単独の問題ではなく、欧州の産業競争力全体の低下という文脈で見る必要があります。


3. 欧州自動車市場はいつ復調するのか

ここは慎重に見るべきです。

2025年の新車登録はプラスに戻りましたが、その伸びは小さく、2026年1月には再び市場全体が前年比マイナスで始まりました。

したがって現実的には、

2026年に緩やかな改善はあっても、2019年以前のような高水準に短期間で戻る可能性は低い

と考えるべきでしょう。

欧州自動車市場はしばらくの間、

「大きく伸びる市場」ではなく、「構成が変わる市場」

として捉えるのが妥当です。


4. 日本の自動車産業はどう活路を見いだすべきか

日本企業にとって重要なのは、

「欧州でEVが失敗した」と誤解しないことです。

2024年はたしかにEVの踊り場でしたが、2025年には回復しています。EUの規制も変わっておらず、欧州委員会も自動車産業を「急速な技術変化と競争激化に直面する臨界点」にあると位置づけています。

そのため、日本メーカーに求められる戦略は明確です。

ハイブリッドで稼ぎながら、BEV競争力を高める

短期的には、欧州で最大勢力となったハイブリッドを活かし、収益と販売台数を確保すること。

同時に中期的には、

  • 小型・低価格BEV
  • 車載ソフトウェア
  • 電池
  • パワーエレクトロニクス

といった分野で競争力を高める必要があります。

さらに欧州市場は一つではなく、

  • 北欧・西欧のBEV先行市場
  • 中東欧・南欧の価格制約市場

に分けて考えるべきです。

日本企業が得意とする「多様なニーズに応じた商品展開」は、この市場で大きな武器になります。


5. 自動車の次に、日本が欧州で攻めるべき4分野

自動車市場が低成長に入る中で、日本企業は自動車一本足からの脱却も求められます。

特に欧州の政策と産業再編を踏まえると、以下の4分野が有望です。

  • 半導体
  • FA・ロボット
  • 産業脱炭素
  • 医薬・医療機器

ここでは、それぞれの分野で注目すべき日系企業を見ていきます。


6. 半導体:欧州の「作る力」を支える日系企業

東京エレクトロン(TEL)

欧州の半導体分野で最も重要な日系企業の一つが東京エレクトロンです。

同社の欧州法人である Tokyo Electron Europe は1994年設立で、欧州の半導体・電子産業に対して装置および技術サービスを提供しています。

欧州は現在、EU Chips Actのもとで半導体生産能力の拡張を進めていますが、その際に不可欠となるのが前工程装置です。TELは、エッチングや成膜などのコア装置を提供しており、欧州の半導体製造拡張において重要なポジションを占めます。

欧州における半導体投資は、完成チップメーカーだけでなく、装置メーカーにとっても大きなビジネス機会であり、TELはその中心的存在の一つです。

ルネサス エレクトロニクス

ルネサスは、欧州において単なる販売会社ではなく、設計・技術・開発の拠点を持つ企業として存在感を高めています。

特に、Dialog SemiconductorやAltiumといった欧州企業の買収を通じて、欧州における設計・ソフトウェア資産を取り込み、車載および産業用途の半導体分野で競争力を強化しています。

自動車向けMCU、アナログ・パワー半導体を強みとする同社は、欧州の自動車・産業機械メーカーとの親和性が高く、

「欧州の設計力 × 日本の半導体技術」をつなぐ存在として今後も重要な役割を果たすと考えられます。

ROHM

ROHMは、欧州におけるパワー半導体、とりわけSiC(炭化ケイ素)分野で急速に存在感を高めています。

2024年にはフランスの自動車部品大手Valeoと次世代パワーモジュールの共同開発を発表し、欧州の車載サプライチェーンに深く入り込みました。さらにPCIM Europeなどの展示会でも、e-mobilityおよび産業用途向けのパワー半導体ソリューションを積極的に発信しています。

EV、再生可能エネルギー、産業電動化が進む欧州において、SiC半導体は不可欠な技術であり、ROHMはその中核プレイヤーの一つです。

SCREEN

SCREENは、半導体製造装置の中でも特に洗浄・プロセス装置に強みを持つ企業です。

欧州のSEMICON Europaなどにも継続的に出展し、現地の半導体製造コミュニティとの関係を構築しています。

また近年は、水素関連分野としてPEM水電解向け材料にも取り組んでおり、半導体とクリーンテックの両分野にまたがる存在として注目されます。

欧州の半導体政策は製造能力の強化を目的としているため、

設備投資の増加=装置メーカーのビジネス機会拡大

という構図が成立しており、SCREENにも大きな成長余地があります。


7. FA・ロボット:人手不足の欧州で本命となる日系企業

FANUC

FANUCは欧州においても「ファクトリーオートメーションのリーダー」として強い存在感を持っています。

同社はロボットだけでなく、CNC、制御システム、AI技術を組み合わせた統合ソリューションを提供しており、automaticaやEMOといった欧州最大級の展示会でも継続的に技術発信を行っています。

特に重要なのは、FANUCが単なる機器メーカーではなく、教育・トレーニング・人材育成まで含めたエコシステムを提供している点です。

欧州では熟練工不足が深刻化しており、

「導入できる人材がいるかどうか」が設備投資のボトルネックになるケースも多い。

その点でFANUCは、非常に欧州に適したビジネスモデルを持っています。

Yaskawa

安川電機は、ロボット単体ではなく、モーション・インバータ・サーボ・ロボットを統合した提案ができる企業です。

欧州ではスロベニアにロボット工場を持ち、現地生産体制も整えています。また、SRCI対応などにより、PLCとの連携性を高め、欧州の機械メーカーやSIerとの親和性を高めています。

欧州の製造業は装置メーカー主体の構造を持つため、Yaskawaのように

機械に組み込める制御・ロボット技術を持つ企業は特に強みを発揮します。

OMRON

OMRONは欧州で「トータルFA提案」ができる数少ない企業です。

センサー、制御、モーション、ビジョン、安全、ロボットまでを一体で提供できるため、中堅・中小メーカーに対して柔軟な提案が可能です。

欧州は巨大OEMよりも、ニッチトップや装置メーカーの層が厚い市場です。 OMRONはその構造に非常によく適合しており、 「大規模ではないが高付加価値な自動化案件」で強みを発揮します。


8. 産業脱炭素:欧州の政策テーマに直結する日系企業

三菱重工業(MHI)

三菱重工業は、CCUS(CO₂回収・利用・貯留)分野で欧州における具体的な実績を持つ数少ない企業です。

イタリアや英国で大型のCO₂回収プロジェクトを進めており、セメントやエネルギー産業といった「電化だけでは脱炭素化できない領域」で重要な役割を果たしています。

欧州の脱炭素は再エネだけでは完結せず、

既存産業のCO₂削減が最大の課題であり、

その中でMHIの技術は非常に重要です。

Daikin

ダイキンは欧州の脱炭素において、「空調メーカー」を超えた存在になっています。

ポーランドでヒートポンプ工場を新設し、ベルギーではR&D拠点を拡張するなど、欧州市場に対して積極投資を続けています。

欧州では建物の暖房がCO₂排出の大きな要因であり、ヒートポンプはその解決策の中心です。

ダイキンは

製造+研究開発+地域連携

を組み合わせることで、欧州政策と極めて高い親和性を持っています。

日立エナジー

日立エナジーは、再エネ導入と電化を支える電力インフラの中核企業です。

HVDC(高電圧直流送電)や変圧器は目立たない分野ですが、再エネ拡大には不可欠な技術です。欧州では電力網の再構築が急務であり、その中で日立エナジーの役割は非常に大きい。

脱炭素は「発電」だけでなく「送電」で決まる側面があり、

この分野は日本企業にとって重要な勝ち筋の一つです。


9. 医薬・医療機器:供給網再編の中で伸びる日系企業

Takeda

武田薬品は、欧州において研究・製造・販売を一体で展開する数少ない企業です。

特にオーストリアでは大規模な製造拠点を持ち、医薬品の供給網の中核を担っています。さらに製薬工場の脱炭素化など、新しい取り組みも進めています。

欧州では重要医薬品の域内生産が政策的に重視されており、

欧州内で完結できる製薬企業の価値は今後さらに高まると考えられます。

Terumo

テルモは医療機器に加え、製剤受託(CDMO)分野でも欧州で存在感を高めています。

ドイツでの製剤設備取得などを通じて、欧州内での医薬品製造能力を強化しており、供給網の再編に対応しています。

医療分野では品質・信頼性・継続投資が極めて重要であり、テルモはその条件を満たす企業です。

Olympus

オリンパスは欧州を「販売市場」ではなく、開発・製造・修理を含めた統合拠点として位置づけています。

ポルトガルでは大規模な修理拠点を整備し、機器のライフサイクル全体を欧州内で完結させる体制を構築しています。

医療機器は販売後のサポートが競争力の一部であり、

オリンパスの戦略は欧州市場に非常に適しています。


まとめ

欧州自動車産業は、確かに今は強い成長局面にはありません。

しかし、その実態は「EVだけが不調」でも「ガソリン車だけが不調」でもなく、市場全体が低成長の中で、ハイブリッド・BEV・内燃機関車の比率が大きく組み替わっている移行局面です。

だからこそ、日本企業は自動車においては

「ハイブリッドで稼ぐ短期戦」と「BEV競争力を高める中期戦」

を両立する必要があります。

そしてそれ以上に重要なのは、自動車一本足から脱却し、

半導体、FA・ロボット、産業脱炭素、医薬・医療機器

といった、欧州の政策優先分野に自社の強みを重ねていくことです。

今の欧州は、完成品メーカーだけが勝つ市場ではありません。

むしろ、装置・材料・自動化・脱炭素・供給網の信頼性を持つ企業に追い風が吹いています。

欧州は今、単なる販売市場ではなく、

「技術・装置・材料・供給網の再編市場」

になっています。

ここをどう取りに行くかが、今後の日本製造業の大きな勝負になるでしょう。


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