欧州のエネルギー危機や脱炭素目標を背景に、工場や倉庫など製造業施設でも空調(HVAC)分野で省エネ・CO2削減の取り組みが急務となっています。建物全体で見るとエネルギー消費の約半分が暖房・冷房によるものであり 、HVACシステムだけで建物エネルギーの約38%を占めます。運用が不適切な場合にはエネルギーの約20%が無駄になるとも指摘されています。実際、欧州の電力価格は近年高騰し2016年比で300%以上にもなりました 。こうした状況から、中東欧(ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア等)を含む欧州の製造業施設では、HVACの効率改善によるコスト削減とCO2排出抑制が重要課題となっています。本記事では、HVACの運用改善策や省エネ機器導入、および具体的事例を解説します。
空調運用の改善事例
まず、既存設備の運用見直しにより低コストで省エネを図るポイントを紹介します。短期間で実施できる運用改善だけでも、エネルギー削減効果は小さくありません。
- 温度設定の最適化: 室温の設定値や許容範囲を見直すことは基本的な省エネ策です。設定温度を季節や稼働状況に応じて適切に調整することでエネルギー消費を大幅に削減できると報告されています 。例えば空調の冷暖房設定を1℃緩和するだけでも消費電力が数%削減されるケースがあり、快適性を損なわない範囲で温度帯を広めに設定することが推奨されます。
- 運転スケジュールの最適化・分散起動: 空調機やチラーの起動・停止スケジュールを見直し、必要な時だけ動かすことも有効です。稼働開始時間を最適化する「Optimal Start/Stop」制御や、複数台の機器を一斉ではなく順次起動(分散起動)する運用により、ピーク電力の抑制や無駄運転の削減が可能です 。夜間や休日は設定温度を緩和したり、一部設備を停止したりすることでエネルギー浪費を防ぎます。
- フィルター・コイル清掃の徹底: エアフィルターの目詰まりや熱交換コイルの汚れは風量低下や熱交換効率低下を招き、エネルギーロスの一因です。定期清掃により送風機やポンプの負荷軽減・効率改善が期待できます。実際、ある研究ではHVACシステムを清掃した後、ファンとブロワーのエネルギー消費が平均で41~60%も削減されました 。特に汚れていたコイルを清掃した事例では、空調の供給風量が110%増加し、清掃の効果で同等設備の未清掃時と比べ大幅な風量改善が得られています。このようにフィルターや熱交換器の洗浄整備は空調効率維持に不可欠です。
- ナイトパージ(夜間外気冷却)の活用: 夏季に日中蓄積した室内の熱気を、夜間の涼しい外気で排出・冷却する「ナイトパージ」は、翌日の冷房負荷を軽減する効果的な手法です。夜間や早朝に外気を取り入れて建物全体を予冷却しておくことで、空調機の立ち上げエネルギーを削減できます。この手法は無料空調とも呼ばれ、専門家によると自由冷房(フリークーリング)やナイトパージの導入はHVACエネルギー削減の鍵となる戦略の一つです 。特に夜間と日中の温度差が大きい中東欧の気候では有効な運用改善策と言えます。
以上のような運用改善は設備投資を伴わず比較的短期間で実施可能であり、まず取り組むべき基本施策です。次に、さらなる効率化のための技術的アプローチを見ていきます。
空調効率化のための設備・技術導入
運用改善に加え、高効率な機器や先進技術の導入によってHVACの省エネ・脱炭素を実現する動きも加速しています。ここでは製造業施設で実用性の高い技術例を紹介します。
- 高効率ヒートポンプへの更新: 化石燃料ボイラーや旧式チラーから高効率な電気ヒートポンプへ更新することは、暖房効率の向上とCO₂排出削減を同時に実現する有効な手段です。ヒートポンプは外気や排熱から熱エネルギーを汲み上げ、投入電力の数倍の熱を供給できるため、特に暖房用途では従来方式に比べて大幅な省エネ効果を発揮します。欧州では工場や倉庫の暖房をヒートポンプへ転換する動きが加速しており、実際に暖房コストと環境負荷を大きく低減した事例も増えています。その象徴的な例が、ポーランド・ウッチ近郊に建設されたダイキンの新工場です。同工場では、高性能電気ヒートポンプ暖房、寒冷地対応のハイブリッド空調システム、排熱回収、そしてBMS(建物エネルギー管理システム)による空調・換気・照明の統合制御を組み合わせた包括的な省エネ設計を採用しています。外気熱を効率的に暖房へ活用することで化石燃料ボイラーを代替し、将来的なカーボンニュートラルを見据えた運用を実現するとともに、夏季には冷房にも対応する柔軟性を備えています。こうした先進的な建築・設備コンセプトは高く評価され、2025年のポーランド・グリーンビルディング賞を受賞するなど、産業施設における脱炭素と省エネルギーの好例となっています。
- フリークーリング(外気冷房)の活用: フリークーリング(外気冷房)は、外気温がプロセスや空調の要求温度を下回る季節に、外気を冷熱源として活用する省エネ手法です。具体的には、チラー回路に外気冷却用の熱交換器(フリークーラー)を組み込み、外気温が一定以下になるとコンプレッサーを停止または抑制し、外気のみで循環水を冷却します。寒冷な欧州の気候では秋から春にかけてこの「無料の冷却」を長期間利用でき、設備会社の報告では地域によって最大80%の電力削減効果が得られるケースもあります。実際、英国では10月から4月の大半で部分または全フリークーリング運転が可能となり、大幅な電力削減につながっています。既存チラーに後付けで外気クーラーを追加できる点も特徴で、比較的短い投資回収期間で導入しやすい省エネ施策といえます。 この効果を示す具体例として、英国のCNC精密部品工場では、老朽化した小型チラー群を集約し、ICSクールエナジー社製の空冷チラー(冷却能力約133kW)と140kWのフリークーリングユニットを新設しました。その結果、冷却エネルギー消費量は従来比で71%削減され、24時間稼働条件で年間約17,500ポンドの電力コスト削減を達成しています。投資回収期間は約9か月と試算され、インバータ制御ファンによる効率向上も省エネに寄与しました。さらに、同社が支援した化学工場の事例では、ビーズミル冷却用設備を高効率チラー3基と360kWのフリークーラー構成に刷新し、年間エネルギー使用量を42%削減、6~9か月で投資回収を実現しています。これらの事例は、フリークーリングが短期間で大きな省エネ効果を生み出す有効な手段であることを示しています。
https://www.icscoolenergy.com/news/chillers/lower-energy-costs-free-cooling/
- 湿熱回収(全熱回収型換気)の活用:給排気に湿熱回収型の熱交換換気(HRV/ERV)を導入することで、排気空気に含まれる熱だけでなく水分(湿度)も回収し、外気を予熱・予冷しながら適切な湿度状態で給気することが可能になります。これにより冬季の過乾燥や夏季の過剰な除湿負荷を抑え、空調全体のエネルギー消費を効果的に低減できます。Eurovent(2025)によると、湿熱回収は従来の熱回収換気よりも空調負荷削減効果が高く、暖房需要の大きい中東欧の工場では、換気時のエネルギーロス低減と快適性・品質維持の両立に寄与するとされています。
ファシリティ担当者が最初に検討すべきポイント
HVACの省エネ対策は多岐にわたりますが、実務上は段階的に検討することが重要です。多くの製造業施設では、次の順番で取り組むのが現実的といえます。
- 運用改善(温度設定の見直し、運転スケジュール最適化、フィルター・コイル清掃など)
- 既存設備への追加・改修(フリークーリング、熱回収換気、制御機能の追加など)
- 設備更新(高効率ヒートポンプへの更新、BMS統合・高度化など)
実際には、多くの工場で①と②の対策だけでも、10〜30%程度のエネルギー削減が見込めるケースがあります。
特に中東欧地域の製造業施設では、次のような状況が少なくありません。
- 既設の空調・熱源設備が導入から10〜20年以上経過しているケースが多い
- チラーやAHU(空調機本体)は比較的健全である一方、制御系が旧式のまま更新されていないケースが多い
このような場合、設備そのものをすぐに更新しなくても、**運転方法の見直しや制御の高度化、外気利用・熱回収といった「付加的な改修」**によって、比較的低投資で大きな省エネ効果を得られる可能性があります。
まずは現状の運用と制御を把握したうえで、「使い方を変える」「活かしきれていない機能を引き出す」視点から検討を進めることが、HVAC省エネの第一歩となります。





