はじめに:ヨーロッパの「デトロイト」で進む製造投資ブーム
中央ヨーロッパに位置するスロバキアは、1年に100万台以上の自動車を生産し、人口当たり世界最多の「自動車生産大国」として知られています 。地理的な優位性や熟練した労働力、供給網の充実に加え、政府とEUによる手厚い投資優遇策が相まって、海外メーカー各社にとって非常に魅力的な投資先となっています 。近年は欧米や韓国、中国などのグローバル企業も相次いで製造拠点を構築・拡大しており、電気自動車(EV)やバッテリー産業をはじめとするグリーン経済分野で特に大規模な投資案件が目立ちます。以下では、主要な製造業投資に焦点を当て、業種別の動向や投資規模、雇用創出、企業名、立地、政府支援策などを幅広く解説します。
自動車産業:東欧初のEV工場を含む大型プロジェクト
スロバキアは「欧州のデトロイト」と称されるほど自動車産業が盛んな国であり、その優位を次世代モビリティ時代にも継続すべく、電気自動車(EV)関連の大型投資が活発化しています。最大のトピックは、中国資本傘下のスウェーデン自動車メーカー・ボルボ(Volvo Cars)による東部コシツェ近郊での新EV組立工場計画です。総投資額12億ユーロに上るこのプロジェクトでは、年間25万台規模の電気自動車を生産し、約3,300人の新規雇用を創出する見込みです 。2024年にはEU欧州委員会が2億6,700万ユーロのスロバキア政府による投資支援を正式承認し(投資額の約22%に相当) 、建設地となるバラリキ(Valaliky)産業団地のインフラ整備も国家プロジェクトとして急ピッチで進められています 。この工場は2027年初頭の量産開始を目指しており、東スロバキア地域における初の完成車生産拠点として、地域経済の牽引役と業界の電動化シフトの象徴になると期待されています 。
韓国の自動車メーカーもスロバキアでEV戦略を加速させています。韓国・起亜自動車(Kia)は西部ジリナ(Žilina)の工場(2004年操業)に約1億800万ユーロを投じて生産ラインを電気車対応に近代化し 、2025年8月から欧州向けEV新型「EV4」の現地生産を開始しました 。ジリナ工場では既存のハイブリッド車・エンジン車と併せて100%電動モデルも製造する体制が整い、起亜欧州CEOのマーク・ヘドリック氏は「欧州事業の柔軟性と技術力を示す重要な一歩」と述べています 。同工場は従業員約3,700人・600台以上のロボットを備え年産35万台の能力を誇る大型拠点であり 、EV4量産によってスロバキアが「全方位のパワートレイン生産国」へ進化したことを示しています 。
また、英国ジャガー・ランドローバー(インド・タタ自動車傘下)は2019年に西部ニトラに開設した組立工場で、2030年までに電気モデルの生産を開始する計画を明らかにしており 、既存の日系メーカー(日産傘下の三菱もエンジン工場を操業)も含め、スロバキアの自動車産業は電動化への対応を着実に進めています。人口550万の小国ながら世界屈指の完成車輸出国であり続けるため、各社が拠点刷新に乗り出しているのです。
電池バリューチェーン:巨大バッテリー工場と関連投資
EV生産拡大に伴い、車載用バッテリーの現地調達体制を築くべく大型バッテリー工場への投資も動き出しました。注目を集めるのが、中国の電池大手ゴーション・ハイテック(国軒高科)とスロバキア新興企業InoBatの合弁による新バッテリーギガファクトリー建設です。投資額は12億ユーロにも上り、スロバキア史上2番目の規模の投資案件となりました 。西部ニトラ県シュラニ(Šurany)に造成中の産業団地に誘致されたこの工場は、初期段階で年間20GWh(ギガワット時)のリチウムイオン電池を生産し、将来的に60GWhまで拡張する計画です 。2027年初頭の量産開始を目指しており、約1,200人の雇用創出が見込まれています 。欧州各国がアジア依存の低減を図りEV電池産業の育成に鎬を削る中、スロバキアもこの巨大投資を呼び込むことで電池サプライチェーンの一角を担おうとしています 。
スロバキア政府はこのプロジェクトを「戦略的投資」と位置付け、新たな特別措置法に基づき許認可手続きの簡素化や迅速化を適用しました 。2025年3月にはシュラニ産業団地に対し戦略投資認定証が交付され、環境アセスメントや建設許可など各種プロセスの短縮が図られています 。さらに公表ベースで1億5,000万ユーロの補助金と6,400万ユーロの税控除が提供される見通しで 、政府主導で積極的に誘致した案件といえます。地元では環境リスクなどへの懸念から一部住民の反対運動も起きていますが 、政府は「グリーン経済への移行に資する戦略投資」として地域振興と産業高度化のバランスを取る考えを示しています。
バッテリー分野では他にも、中国の欣旺達(Xinquan)グループが自動車用内装部品メーカーの現地法人を通じて東部プレショウ県ペトロバニ(Petrovany)工業団地に840万ユーロを投資し、生産設備を増強します 。この拡張により最大300名の新規雇用が生まれ、完成車メーカー向け内装コンポーネントの輸出生産が強化される予定です 。電池そのものではありませんが、EV関連部品の現地生産拡大の一例であり、特に新設されるボルボEV工場へのサプライチェーン構築にも寄与すると見られます。
部品・電子機器:韓国・欧米企業による拠点拡張と多角化
完成車や電池以外にも、幅広い製造業分野で海外企業の投資が相次いでいます。韓国の自動車部品大手、現代モービス(Hyundai Mobis)は、2024年10月にスロバキア政府と投資契約を締結し、約2億5,700万ドル(3,500億ウォン)を投じて新工場の建設と既存工場の拡張を行う計画を発表しました 。具体的には、中西部ノバキー(Nováky)にEV向け電動駆動モジュール(パワーエレクトリックシステム)の新製造拠点を建設し、あわせて北西部ジリナの既存工場もEV用ブレーキシステムの生産能力増強を図ります 。ノバキー新工場は敷地面積約10万平方メートルに及び、2025年後半の稼働開始を目指して年30万台分のEV駆動システムを供給できる能力を持たせる計画です 。この投資により、現代モービスは欧州EV市場での地位強化と主要完成車メーカーへの供給網拡大を図っています。なお、新工場の立地するノバキー地域は2023年に炭鉱が閉鎖された旧産炭地でもあり、今回の投資は約281人の雇用創出と地域転換への追い風になると報じられています 。
アメリカの電子部品メーカーの動きも見逃せません。コネクタ製造で世界第2位の米アンフェノール(Amphenol)は、子会社のコネック(Conec)スロバキアを通じて東部スビドニーク県ヒラルトフツェ(Giraltovce)の工場拡張を進めています。産業用コネクタやハイブリッドコネクタの生産能力を増強するこのプロジェクトに対し、スロバキア政府は2025年1月、所得税控除125万ユーロの投資支援を承認しました 。投資額の詳細は非公表ながら、最大523人の新規雇用が見込まれており 、通信・エネルギー・医療・航空宇宙など幅広い分野に供給する高付加価値部品の生産拠点強化となります。東部の失業率が高い地域に先端部品メーカーが根付くことで、雇用創出だけでなく産業多角化にも繋がると期待されています。
さらに、西部トレンチーン県ノヴァー・ドゥブニツァ(Nová Dubnica)では、オランダの大手エレクトロニクスEMS企業ニューエイ(Neways)が新工場の建設に2,800万ユーロを投じています。2024年10月に起工式が行われたこの工場は、医療機器や自動車向けの電子部品(高性能ケーブル組立や充電モジュール等)の生産拠点となり、1,000人以上の雇用を創出する見通しです 。2025年9月の稼働開始を目標に掲げており、半導体製造装置大手ASML社向けの部品や電気自動車用充電モジュール、高度な顕微鏡装置など最先端分野の製品を手掛ける予定です 。ニューエイは既にスロバキア国内で9番目に大きい電気電子メーカーとして高い生産性を示しており、今回の拡張で半導体製造装置からEV関連まで裾野を含めたハイテク産業集積が一層進むことになります。
自動車や電子部品以外の分野でも、既存製造拠点のグリーン化投資が注目されます。オーストリア資本の紙・包装大手モンディ(Mondi)は、北部ルジョムベロクの製紙工場で老朽ボイラーをバイオマス発電プラントに置き換える大規模プロジェクトを進行中です。2025年8月に発表された計画によれば、総額1億2千万ユーロを投じて2027年完成を目指すこの新設備により、工場のエネルギー自給率は75%から90%に向上し、二酸化窒素(NOx)排出は50%削減、粒子状物質も最大83%削減される見込みです 。欧州連合の近代化基金からの補助も活用しつつ、地域の集中暖房への供給拡大や廃棄物削減など持続可能性の向上に繋げる狙いで 、伝統産業にもサステナビリティの波が押し寄せています。
政府の支援策と戦略目標:グリーン経済・ハイテク誘致へ
以上のような投資案件の裏には、スロバキア政府の積極的な産業政策と戦略的誘致努力があります。同国は税制面で法人税率を21%(フラット税)としつつ、地域ごとに投資額の25~35%を補助金や減税で支援できる枠組みを整えています 。例えば前述のボルボEV工場では、EU承認の下で約2億6,700万ユーロ(約投資額の22%)の補助金・減税措置が付与され、雇用1件あたり約8.1万ユーロに相当する計算です 。このような大胆なインセンティブは欧州西側諸国では稀であり、コシツェのような東部の発展地域にはEUの地域開発基金も投入されるなど、官民挙げての誘致合戦が繰り広げられています 。
戦略的な産業分野としては、やはりグリーン経済への転換がキーワードです。2035年のガソリン・ディーゼル新車販売禁止というEU方針を見据え、自動車産業の電動化対応(EV・電池)は最重要課題となっています 。スロバキア政府は「電動モビリティ移行への寄与」を条件にボルボ案件を国家戦略投資に指定し、関連する部品・電池メーカーにも手厚い支援を行っています 。また、製造業全体の脱炭素化にも注力しており、製鉄大手の米国スチール・コシツェ(U.S. Steel Košice)には欧州復興基金を活用して3億ユーロの補助を行い、高炉から電炉への転換(総事業費10億ユーロ超)を後押ししています 。これにより2026年までに年間300万トン超のCO2削減が期待されるなど、重工業にもグリーン投資の波を波及させています 。
さらに、今後の戦略分野として半導体産業の誘致育成にも意欲を見せています。欧州連合の「チップス法(Chips Act)」に基づき2025年にスロバキア向けに15億ユーロの支援枠が発表され、300mmウェハー工場建設支援に充てる計画が取り沙汰されています 。現時点で同国に大規模半導体工場の立地はないものの、隣国チェコでは米オンセミコンダクター社が20億ドル規模の先端パワー半導体工場増設を決定するなど 、中東欧地域は半導体の新拠点としても脚光を浴びつつあります。スロバキアも研究開発から後工程まで一貫した半導体エコシステム構築を目指し、「SKチップス・コンピテンスセンター」の設立などで土台作りを進めています 。今後、欧州各国との競争を勝ち抜き、半導体分野での大型投資を誘致できるかが新たな焦点となるでしょう。
まとめ:多様化と高度化が進むスロバキア製造業
以上のように、2025年以降のスロバキア製造業には、非日系企業による多彩な投資案件が相次いでいます。電気自動車とそのバッテリーという新産業の核となる分野で、中国・欧州・米韓のメーカーが拠点を構え、また従来型産業でも最新技術やグリーン化を軸に再投資が行われています。これらの動きは同国経済に数千人規模の雇用と最先端技術をもたらすだけでなく、地域間の経済格差是正や欧州の気候目標達成にも貢献するものです 。中央ヨーロッパのハブとして成長を続けるスロバキアは、各国企業にとって今後も戦略的な生産拠点であり続けるでしょう。
Reference:
https://newmobility.news/2025/08/21/kia-starts-ev4-production-in-car-factory-magnet-slovakia/
https://www.mhsr.sk/en/top/the-surany-industrial-park-received-a-strategic-investment-certificate
https://evertiq.com/news/56586
https://www.reuters.com/technology/onsemi-invest-up-2-bln-czech-semiconductor-plant-2024-06-19





