はじめに:ハンガリーが呼び込む新たな製造業投資の潮流
中央ヨーロッパに位置するハンガリーは、近年の世界的なサプライチェーン再編や欧州の電動化戦略を背景に、海外製造業からの大型投資案件が相次いでいます。とりわけ2025年に入って以降も、電気自動車(EV)関連を中心に多国籍企業の新工場建設や設備増強の発表が続き、その国籍もドイツやアメリカ、イギリス、スイス、デンマークなど多岐にわたります。ハンガリー政府は外資誘致に積極的で、投資インセンティブや戦略的協力協定を通じて雇用創出とハイテク産業誘致を後押ししており、**「100の新工場プログラム」**など野心的な計画も掲げています。 その結果、ハンガリーは欧州の製造ハブとして存在感を高めつつあり、EVバッテリーから自動車組立、鉄道車両、消費財、バイオ化学品に至るまで、幅広い分野で海外企業の進出が加速しています。
また、パンデミック後のニアショアリング(近接調達)志向も追い風となっています。欧州の完成車メーカーや部品サプライヤーにとって、ハンガリーは地理的な中心性と安定した事業環境を兼ね備えており、現地生産によって輸送コストやリードタイムを削減できる魅力があります。 実際、ドイツの自動車部品メーカーがハンガリー北東部のミシュコルツ市を新拠点に選定した際も、地域顧客への近接性によるサプライチェーン効率化が大きな理由とされています 。加えて、EUの環境規制強化や電動化目標に対応するため、欧米企業は欧州域内での生産能力拡充を急いでおり、ハンガリーはその受け皿として重要性を増しています。
以下、2025年以降に公表された情報をもとに、ハンガリーにおける主要な海外製造業プロジェクトを分野別に整理します。各プロジェクトの企業名・国籍、投資額、所在地、創出予定雇用数、稼働時期など具体データを紹介し、その戦略的背景(EVサプライチェーン強化、ニアショアリング、EU規制対応など)にも触れていきます。
自動車・EVサプライチェーンにおける大型投資
世界的な電動化の波を受け、ハンガリーでは欧米自動車メーカーによるEV生産拠点への大規模投資が進んでいます。特にドイツ勢を中心に、既存工場のEV対応や新工場建設が相次ぎました。
- BMW(ドイツ) – デブレツェン新工場:ドイツのBMWグループはハンガリー東部デブレツェンに、EV専用の最先端工場「BMW iFactory」を建設中です。総投資額は20億ユーロ超にのぼり、2025年末までの完成・操業開始を目指しています 。2024年にはプレシリーズ生産として試作車の組立てを開始しており、2025年後半から本格的な量産に移行する予定です 。年間生産能力は15万台と見込まれ、全て最新の「ノイエクラッセ(Neue Klasse)」プラットフォームによる電気自動車となります 。同工場には車両組立に加えて高電圧バッテリー組立工場も併設される計画で、製造工程を一体化することで物流効率を高めています 。このプロジェクトにより500人超の追加雇用が生まれ、総従業員数は1,000~1,500人規模に達する見通しです 。BMWにとってデブレツェン工場は「世界で最も先進的な工場」と位置付けられており、EV時代を見据えた中東欧の戦略拠点となります 。
- メルセデス・ベンツ(ドイツ) – ケチケメート工場EVライン拡張:ドイツの高級車メーカーであるメルセデス・ベンツは、既存のハンガリー・ケチケメート工場において電気自動車専用の組立ライン新設と車体工場増強に乗り出しています。投資額は10億ユーロ超にのぼり、現行約4,500人の雇用を維持・拡大しつつ生産設備を一新する計画です 。同社は「2025年までに全車種にEV仕様を設定し、2030年以降は電気自動車専業メーカーへ移行する」戦略を掲げており 、ハンガリー工場でも新世代EVプラットフォーム(MB.EA)を導入して2025年から高性能EVモデルの生産を開始する予定です 。さらに2024年以降は新プラットフォーム(MMA)上の次世代コンパクト車も含め複数の新モデル生産を割り当て、電動化と高付加価値モデルへのシフトを図ります 。増設中の新ライン稼働により、ケチケメート工場の年産能力は30万台規模に拡大し、ハンガリー国内の自動車年間生産台数は合計で100万台規模に達する見通しです 。この30万台という生産能力はハンガリー史上最大で、国内自動車工場としても過去最大の規模になります 。同時に、ヨーロッパで乗用車組立工場と車載電池工場が併設される唯一の拠点になるとも報じられており、ハンガリーが欧州自動車産業におけるバッテリー・EV統合ハブとして戦略的地位を高める象徴的プロジェクトと言えるでしょう 。
- GKN(イギリス) – ドライブシャフト新工場(フェルショーゾルツァ):自動車部品大手である英GKNも、ハンガリー北東部ボルソド県フェルショーゾルツァに大規模な製造拠点を新設しています。1億5千万ドル超(約200億円)の投資を伴うこのプロジェクトでは、地域の自動車工場向けドライブシャフト(半軸)を生産し、1,500人もの雇用創出が見込まれています 。新工場は2023年に一部稼働を開始し既に23万本の半軸を生産しましたが、2025年までに段階的な設備増強を経て年間300万本の生産能力に到達する計画です 。製品は周辺地域に集積するBMW、メルセデス、スズキ、フォルクスワーゲン(Audi)の各完成車工場に供給され、従来ドイツなどから輸送していた部品を現地調達化することで納入リードタイム短縮に貢献します 。同社のハーフシャフトはガソリン車・ハイブリッド車からEVまで対応しており 、今回の新拠点開設により欧州におけるEVサプライチェーン強化とハンガリーのTier1部品供給ハブ化が一段と進むことになります。
上記のような大型案件に加え、他にもドイツの部品メーカーメレギー・オートモーティブ(Meleghy Automotive)がミシュコルツに車体部品工場を建設し約55人を雇用(投資額2,420万ドル、2025年8月稼働予定) 、ドイツキルヒホフ(Kirchhoff)がブダペスト近郊2工場に計5,300万ドルを投じ設備拡張(80人増員) するなど、中規模プロジェクトも相次ぎます。これら欧州勢の進出加速は、ハンガリー政府の投資奨励策や人材確保支援も奏功しています。例えばメレギー社はハンガリー拠点新設の理由について「主要顧客への近接による供給効率の向上」を挙げており 、地の利とビジネス環境を評価しての決定でした。総じて、ハンガリーは欧州自動車産業の電動化トレンドを受けた戦略投資の集中先となっており、その生産能力拡大は欧州有数の規模に達しつつあります。実際、メルセデスの増設計画が完了すれば国内自動車生産台数は年間100万台規模に達し、欧州でも指折りの生産拠点の一つとなる見込みです 。
非自動車分野での多角的な製造投資
自動車産業以外にも、ハンガリーには様々な国籍・業種の製造企業が最新投資案件を進めています。ここでは鉄道、消費財、化学・エネルギーなど多角的な分野での主なプロジェクトを紹介します。
- スタッドラー(スイス) – 鉄道車両工場の拡張(ソルノク):スイスの鉄道車両メーカーであるスタッドラーは、ハンガリー中部ソルノクにある鉄道車体製造工場の増強投資を実施しています。4,800万ドル(約70億円)規模の投資により製造能力を拡大し、新たに173人の雇用を創出する計画です 。この投資によって同社ソルノク工場の年産車両数は飛躍的に増加し、ヨーロッパ向け鉄道車両の需要増に対応します。スタッドラーは10年前から当地で生産を行ってきましたが、今回の拡張でハンガリー拠点が本社スイスやカナダ工場を凌ぐグローバル最大の生産拠点となる見通しで、受注増に伴う生産のニアショアリング(域内移管)の象徴例となっています 。
- レゴ(デンマーク) – 玩具工場の大規模増設(ニーレジハーザ):デンマークの玩具大手レゴは、東部ニーレジハーザにある自社工場で大規模な包装・物流機能の増強投資を行っています。投資額は約1億4,600万ドル(約200億円)にも上り、2023年から2025年にかけて段階的に設備を拡張して最大300人の新規雇用を創出する計画です 。同工場はレゴにとって世界5か所の主要生産拠点の一つで、高度に自動化された成形・彩色・包装ラインを備えています。今回の増設では新たに包装工場棟2棟と17の包装ライン、手動倉庫、オフィス棟が建設され、稼働面積は約3万平方メートル増の26万平方メートル超に拡大する予定です 。2025年後半までにすべての新施設が稼働し生産能力が飛躍的に向上する見込みで、欧州および世界各地へのレゴ製品供給を支える体制が一段と強化されます。
- Verbio(ドイツ) – グリーン化学触媒工場の新設(グドッロ):ドイツのバイオ燃料・化学メーカーVerbio傘下のスタートアップXiMoは、ブダペスト近郊グドッロにて同社初の工業生産プラントを建設します。投資額は2,770万ユーロ(約43億円)で、敷地面積4,500平方メートルの工場において環境配慮型の化学反応用触媒を製造する計画です 。このプロジェクトは同社の共同創業者であるリチャード・シュロック博士(2005年ノーベル化学賞受賞)の研究成果を商業化するもので、石油由来原料を再生可能原料に置き換える「オレフィンメタセシス法」に用いる触媒を量産します 。生産開始は2026年夏と予定され、ハンガリー国内で40名超の高度技術職が新規雇用される見込みです 。生産された触媒の多くはドイツ・ビッターフェルトに建設中のVerbio新工場(世界初のバイオ原料エタノリシス工場)に供給される計画であり 、ハンガリー発の革新的グリーン化学品が欧州の持続可能素材サプライチェーンに組み込まれることになります。
- GE Vernova(米国) – 発電機器工場の拡張近代化(ブダペスト近郊ヴェレセジハーザ):米ゼネラル・エレクトリック(GE)から分社したエネルギー事業会社GE Vernovaは、ブダペスト近郊ヴェレセジハーザにある自社工場に2,250万ユーロ(約35億円)を投じて製造設備の拡張・アップグレードを進めています 。同工場は2001年からガスタービン部品の製造・修理や小型発電プラントの組立・試験を行っており、GEにとって米国外では2番目に大きい生産拠点です 。今回の投資では最新鋭の高精度加工機械の導入や既存ラインの近代化、省エネ化(太陽光パネル設置を含む)を図り、生産能力とエネルギー効率の向上を目指します 。背景には世界的な電力網安定化ニーズの高まりがあり、GE Vernovaでは2025年第2四半期だけで受注残高が40億ユーロも増加するなど電力インフラ需要の急拡大に対応するための設備投資と位置付けられています 。この拡張により将来的な受注増に備えるとともに、ハンガリー工場がグローバルな電力機器供給網の中核としての役割を強める狙いです。
- エマソン(米国) – R&D拠点拡充と高付加価値人材投資:産業オートメーション大手の米エマソンは、ハンガリーにおける高度人材育成と技術開発に注力しています。2025年には620万ユーロを投じて国内2か所で新規プロジェクトを立ち上げ、計50名超の専門職雇用を創出すると発表しました 。一つは西部セーケシュフェヘールヴァールにある同社の欧州エクセレンスセンターで、ここでは営業プロセス最適化やカスタマーエクスペリエンス向上を目的に、エンジニアリングや資源計画の分野で40名の新規雇用を行います 。もう一つは東部デブレツェンの研究開発センターで、自動車産業向け計測・制御技術の開発を強化するため16名の専門エンジニアを増員する計画です 。デブレツェンR&Dセンターは2023年にエマソンが買収した旧ナショナルインスツルメンツ(NI)の拠点を統合したもので、同社のグローバルR&Dネットワークの一翼を担います 。さらにエマソンは2025年にハンガリー政府との戦略的協力協定を締結し、現地への長期コミットメントを強化しました 。政府の「戦略的パートナー企業」はエマソンで98社目となり、これにより同社は人材育成支援やサプライヤー連携強化など様々な優遇策の対象となります 。エマソンは1980年代末からハンガリーに進出し、既に全国で2,600人以上を雇用していますが 、今回の追加投資により高付加価値サービス開発拠点としての存在感を一段と高めることになります。
おわりに:ハンガリーの戦略的重要性と将来展望
以上に見てきたように、ハンガリーでは自動車産業を筆頭に多様な製造業分野で海外企業の大型投資が続いており、その勢いは2025年以降も衰えていません。日本・中国・韓国以外の欧米各国企業も、ハンガリーを欧州戦略の要衝と位置付け、新工場建設や研究開発拠点拡充によって市場ニーズや規制変化に対応しようとしています。EUの環境規制(例えば2035年ガソリン車販売禁止)やバッテリー規則への適合、地政学リスクを踏まえたサプライチェーン再構築(ニアショアリング)といった戦略的背景が、これら投資案件の根底にあります。ハンガリー政府も積極的な誘致策で応え、近年の対ハンガリーFDIは年100億ユーロ超と記録的水準に達しています 。電動化・デジタル化・グリーン化という産業転換期において、ハンガリーは「欧州の製造業フロントランナー」の地位を確固たるものにしつつあると言えるでしょう。そしてこれらの新規投資プロジェクトの成功が、同国経済にもたらす波及効果(雇用創出、技術移転、サプライヤー育成など)にも大いに期待が寄せられています。
Sources:
https://hipa.hu/news/GE_Vernova-investment-HIPA-Hungary
https://hipa.hu/news/Emerson-Hungary-investments-HIPA
https://businessfacilities.com/three-companies-to-invest-over-320m-in-hungary
https://insideevs.com/news/741832/neue-klasse-electric-suv-production
https://dailynewshungary.com/major-multinationals-investments-2025/
https://dteurope.com/business/stobag-group-largest-manufacturing-base-in-hungary/
https://hipa.hu/news/german-biotech-firm-Ximo-first-plant-in-Hungary-HIPA





