中央ヨーロッパのヴィシェグラード4(V4)諸国(ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア)は、近年日系製造業にとって重要な投資先として注目を集めています。EU加盟国であるこれら4か国は、自動車をはじめとする製造業の集積地であり、労働力や物流の優位性から多くの日系企業が進出してきました。実際、例えばハンガリーには200社以上の日系企業が拠点を置き、約3万人を雇用しています 。本稿では、各国の主要な日系製造業の新規投資案件を整理し、その背景と今後の展望について考察します。
ハンガリー:EV関連と食品分野で大型投資が相次ぐ
ハンガリーは近年、EU内で電気自動車(EV)バッテリー産業の一大集積地となりつつあり、日系企業の投資も活発です。政府が外資誘致に積極的で大型補助金や税優遇を提供していることも追い風となっています 。主要案件は次のとおりです。
- 日清食品:即席麺大手の日清食品は、2004年から操業するケチケメート市の工場に続き、同市内に第2工場を新設します。投資額は約400億フォリント(約160億円)にのぼり、生産能力を現行の2倍に引き上げる計画です 。この増設によりケチケメート工場の従業員数は約100名増えて600名規模となり、政府も約100億フォリントの補助金を提供します 。生産品はカップ麺・袋麺で、製品の約9割を欧州35か国に輸出する体制です 。
- 日本製紙:日本製紙はブダペスト近郊バツラトートで、同社ケミカル事業として欧州初の生産拠点を2025年5月に開所しました 。新工場では電気自動車向けリチウムイオン電池材料のCMC(カルボキシメチルセルロース)を製造します。ハンガリー政府は約23億フォリント(約9.4億円)の補助金を交付し、同社のEV電池市場参入を後押ししました 。日本製紙にとって初の海外CMC工場であり、今年2月から試運転を開始して正式稼働に至っています 。
- TDK:電子部品メーカーのTDKは、西部の都市ソンバトヘイにおいて約260億フォリント(約67億円)を投じた設備増強を2024年に発表しました。ハンガリー外務貿易大臣の発表によれば、この投資で約250人の新規雇用が創出される見込みです 。TDKハンガリーの工場では車載向けセンサーなどを製造しており、今回の増強で欧州市場向け供給体制をさらに強化します。
ポーランド:グリーン技術と自動車部品への大型投資
ポーランドはV4中最大の市場規模を持ち、近年は脱炭素に絡むヒートポンプ産業や自動車電動化関連への日系投資が目立ちます。政府系投資庁(PAIH)によるインセンティブや、特殊経済区による税優遇も魅力となっています。主要案件は以下のとおりです。
- ダイキン工業:空調大手のダイキンは、欧州で急増するヒートポンプ需要に対応すべく、ウッチ県クサヴェルフ(Łódź近郊)で新たなヒートポンプ暖房機工場の建設。投資総額は約3億1,000万ユーロ(約423億円)に達し、ポーランドにおける日系企業単独投資として過去最大規模と報じられました 。最終的に約3,000人の雇用創出を計画しています 。この工場稼働によりダイキンの欧州生産能力は2021年比で4倍に拡大し、年産50万台規模を目指します 。
- 三井物産:2024年8月、南部スカルビミエシュに電磁鋼板の加工会社「PMS(ポルスカミットスチール)」を設立すると発表 。ハイブリッド車・電気自動車のモーターコアや変圧器向け電磁鋼板を加工・在庫・検査する拠点で、資本金約34億円、年間3万4千トンの加工能力を持ち、2026年4月からの稼働を目指します 。三井物産は欧州でオランダ・チェコにも同種拠点を運営しており、ポーランド進出により欧州EVサプライチェーン強化に貢献します。
チェコ:高度包装材や再生可能エネルギー分野への進出
チェコは伝統的に機械工業や自動車産業が盛んな国で、265社ほどの日系企業が進出し製造業を中心に事業展開しています 。最近では環境対応型の素材産業や、欧州の環境政策に合わせた新規投資が注目されています。主要案件は次のとおりです。
- TOPPAN:凸版印刷グループは、チェコ北西部モスト市に透明バリアフィルムの新工場を建設し、2025年6月に開所式を実施しました 。同社の欧州初のフィルム生産拠点で、食品・医薬品向けの高機能包装材を現地生産します 。投資額は非公表ながら、チェコ政府は約5億2,200万コルナ(約21.8百万ドル)の税制優遇措置を付与し誘致しました 。この工場ではリサイクル容易な単一素材パッケージなどEUの新規則(包装廃棄物規則:PPWR)対応製品を供給し、欧州各国の需要に応える計画です 。現地式典には産業貿易大臣も出席し、チェコが欧州のサステナブル包装ハブになることへの期待が示されました 。
- 大同メタル工業:脱炭素エネルギー分野で新市場を開拓すべく、ブルノ市の既存敷地内に洋上風力発電機用主軸受けの専用工場を建設。同社は2023年5月に着工を発表し、投資額は約60億円、建屋面積1万平方メートルの新工場を2025年に稼働開始予定です 。当初は20~30名体制でスタートし、風車向け大型すべり軸受を年間300基生産する計画です 。欧米で拡大する浮体式洋上風力向けに、チェコ拠点を活用して大型軸受けを供給する戦略であり、同社は既に欧州顧客との契約獲得にも成功しています。
- パナソニック:パナソニックはプルゼニ市の工場に約200億円の追加投資を行い、ヒートポンプ式温水暖房機(Air to Water、A2W)の生産能力増強を進めています。2023年度に室外機の現地生産を開始し、室内機と合わせ年間50万台規模まで能力を引き上げる計画です 。欧州の脱炭素政策に伴う暖房電化ニーズを捉えたもので、チェコ拠点が日欧米3極生産体制の一翼を担います。
- 日立エナジー(旧日立ABBパワーグリッド):南部ブルノの高電圧送配電機器工場で大規模な能力増強投資。2024年12月の発表によれば、約11億チェコ・コルナ(約4,700万ドル、約69億円)を投じて生産施設を40%拡張し、2025年末までに完了予定です 。これにより約200人の追加雇用が見込まれ、管路型送電線(GIL)やガス絶縁開閉装置(GIS)の生産増強によって再生可能エネルギーの電力網統合需要に応えます 。同社チェコ拠点はABB時代の2019年に操業を開始し、450人を雇用しています 。今回の投資は日立エナジーの世界戦略(クリーンエネルギーへの転換)に沿ったもので、欧州域内での生産拡大の一環です 。
- トヨタ自動車:トヨタはコリーン(Kolín)工場にて、2028年から欧州で初となる本格的な電気SUVの生産を開始予定です。これは同国の既存拠点を活用した初のEV製造となります。投資額は報道されていませんが、年間約100,000台の生産能力を目標としており、EUの2035年内燃車販売禁止に対応しつつ、同工場による地域ロジスティクスとコストの最適化を図ります。
スロバキア:自動車生産大国への部品・R&D投資
スロバキアは人口こそ少ないものの一人当たり自動車生産台数が世界最高水準を誇る自動車大国です。フォルクスワーゲン、現代起亜、ステランティス、ジャガーランドローバーに続き、今後はボルボが2026年稼働予定のEV工場(コシツェ近郊)を建設し、サプライチェーン強化が進んでいます。
- ミネベアミツミ:既存の東部コシツェ拠点において、高度人材育成と技術開発を目的に新R&Dセンターを開設しました(2024年5月) 。このセンターではブラシレスモーター(BLDC)やアクチュエーターの開発、ソフトウェア設計・検証を行い、最大200名の高度エンジニア雇用を予定しています 。コシツェ工科大学との連携により地域の頭脳流出抑制(ブレインブレイン対策)にも貢献し、付加価値の高い雇用創出が評価されています 。ミネベアミツミは既にコシツェで2つの生産拠点(自動車部品工場)を運営していますが、研究機能を併設することで次世代モーターや産業機器の開発拠点としてスロバキアを位置付けています。
- 積水化学工業:有機太陽電池(ペロブスカイト型)パネル生産の計画です。2024年2月、スロバキア経済省と積水化学は軽量フレキシブル型の有機太陽電池パネル製造誘致に関する覚書を締結しました 。同社は2025年までの商用化を目指しており、スロバキア国内でのパネル量産拠点設置の可能性を検討しています 。これが実現すれば、従来のシリコン型に比べ軽量で設置自由度の高い新型パネルを欧州で生産・供給することになり、同国のグリーン産業育成にも寄与します。政府側も研究開発段階から積水化学と緊密に協力し、投資誘致に向けた条件整備(用地提供や優遇措置)を進めています 。
日系製造業がV4に注目する理由
以上のように各国で多様な投資案件がありますが、日系製造業がV4諸国への投資を加速させている背景には共通の要因があります。
- 市場アクセスと物流:地理的にEUの中心に位置するため、完成品・部品を欧州市場へ短納期で供給できる物流上の優位があります。EU単一市場の恩恵により域内関税もなく、物流コスト削減やサプライチェーンの信頼性向上(長距離海上輸送リスクの低減)といった効果も得られます。
- 政府の積極支援策:V4各国政府は製造業の誘致競争にしのぎを削っており、法人税減免、設備投資補助金、用地提供など魅力的なインセンティブ制度を整備しています。例えばハンガリーは2014~2024年に日系企業72件・総額6,440億フォリントの投資を支援し、約5,200人の新規雇用創出を後押ししました 。ポーランドやチェコも特定地域を経済特区に指定し、進出企業の税負担軽減や研修補助を行っています。こうした政府支援により投資回収期間の短縮やリスク低減が図れる点は、日系企業にとって大きな誘因です。
- EUの政策トレンド:欧州グリーンディールや環境規制の強化により、EV・電池・再生エネ・省エネ家電といった分野で欧州域内に生産拠点を置く意義が増しています。日系企業は高い技術力を持つこれら分野で欧州市場のチャンスを捉えるため、現地生産を選択するケースが増えています(日本製紙のEV材進出 やダイキン・パナソニックのヒートポンプ増産 は典型例です)。EU規制への迅速な対応や顧客との近接した協働開発など、現地展開による「市場密着型モノづくり」が競争力強化につながるとの判断が背景にあります。
おわりに
V4諸国における日系製造業の新規投資動向を国別に見てきました。2025年現在、脱炭素やデジタル化の波を捉えた分野への大型投資が相次いでおり、各国政府の後押しもあって「ウィンウィン」の関係が構築されつつあります。今後の展望として、電気自動車や再生可能エネルギー関連の需要増大に伴い、さらなる設備投資や新規参入が予想されます。
もっとも、企業にとっては人件費上昇や人材確保競争、地政学リスク(ウクライナ情勢の長期化など)といった課題も存在します。現地のビジネス環境を継続的にウォッチしつつ、政府支援策の活用や周辺国も含めた最適配置の検討が重要です。製造業関係者にとってV4諸国は、欧州戦略を考える上で引き続き目が離せない有望エリアと言えるでしょう。各社には現地パートナーとの連携やサプライチェーン強化を図りつつ、グローバル市場の変化に機敏に対応できる生産体制を構築することが求められます。V4における日系製造拠点の更なる発展に期待が高まります。
参考リンク
https://hipa.hu/news/Nissin-Foods-second-factory-Hungary-HIPA
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/c578a45a5dde196e.html
https://xpatloop.com/channels/2024/06/japanese-tdk-investing-huf-26-billion-in-western-hungary.html
https://www.daikin.co.jp/press/2023/20230407
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/06/02441657eac171d6.html
https://news.panasonic.com/jp/press/jn220902-1
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/08/38e53ebffb4d8c02.html
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/876b2becec71661e.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/12/a42273b6b18208f3.html
https://www.perovskite-info.com/sekisui-chemical-initiate-perovskite-pv-production-slovakia
https://spectator.sme.sk/business/c/japan-minebeamitsumi-opens-new-rd-centre-in-kosice
https://www.electrive.com/2025/07/30/toyota-to-produce-evs-in-europe-from-2028/





