北海100GW構想と、住友電工が担う「電力ケーブル」という戦略インフラ
はじめに:欧州の海上風力は「発電所」から「国際送電網」へ
欧州の海上風力発電は、いま大きな転換点にあります。これまでの海上風力は、各国が自国沖に風力発電所を建設し、自国の送電網につなぐ「単国型」のプロジェクトが中心でした。しかし、2026年1月の北海サミットで示された方向性は、それとは一段違います。英国、ドイツ、デンマーク、フランス、オランダ、ノルウェーなど北海周辺国は、北海を欧州全体の「クリーンエネルギー貯蔵庫」のような地域に変えるべく、海上風力と国際連系線を組み合わせた大規模な電力網構築に踏み出しています。
特に注目すべきは、各国が単に風車を増やすだけでなく、複数国を結ぶ高圧海底ケーブル網を整備し、洋上風力の電力を国境を越えて融通する構想です。北海諸国は、2031〜2040年にかけて年間15GWの海上風力導入に貢献する方針を示し、送電事業者は2027年までに2030年代に展開可能な20GW規模の有望なクロスボーダー案件を特定することを目指しています。これは、欧州の電力インフラが「国内送電網」から「海域を共有する国際エネルギーネットワーク」へ変わり始めていることを示しています。
1. 北海100GW構想:欧州のエネルギー安全保障そのもの
2026年1月のハンブルク北海サミットでは、英国を含む北海周辺国が、将来的に最大100GW規模の共同・越境型海上風力プロジェクトを進める方針を確認しました。背景には、ロシア産ガス依存からの脱却、エネルギー価格高騰、そして域内産業の競争力維持という複数の課題があります。欧州委員会も、北海サミットでの合意について、クリーンで安全、かつ自立的なエネルギーシステムを構築するための重要な取り組みと位置づけています。
この構想のポイントは、北海を単なる風力発電の集積地ではなく、欧州全体の電力安定化装置として活用することです。風が強い国・地域から電力需要の高い地域へ、国境を越えて送電する。さらに将来的には、水素製造や蓄電、港湾インフラ、洋上変電所なども一体で整備される可能性があります。つまり、北海の海上風力発電網は、発電設備だけでなく、ケーブル、変電、港湾、船舶、保守、人材育成を含む巨大な産業政策でもあります。
WindEuropeによれば、北海投資パクトでは、政府が長期的な導入見通しと投資リスク低減策を示す一方、産業界は2040年に向けて洋上風力のコストを30%削減し、91,000人の雇用創出やサプライチェーンへの投資を約束しています。これは、海上風力が「環境政策」から「産業政策」と「安全保障政策」の中心へ移りつつあることを意味します。
2. トレンドは「ハイブリッド・オフショア・プロジェクト」へ
今後の欧州海上風力で重要になるのが、ハイブリッド・オフショア・プロジェクトです。これは、洋上風力発電所を一国だけにつなぐのではなく、複数国の送電網に接続し、発電と国際連系を同時に担う仕組みです。英国、ドイツ、ベルギー、デンマーク、オランダなどは、こうしたクロスボーダー案件について、共同計画、費用分担、収益配分の枠組みを検討しています。
この動きは、従来の「風力発電所を建てる」ビジネスから、「発電・送電・需給調整を一体で設計する」ビジネスへの転換です。たとえば、英国とドイツの送電事業者は、北海の洋上風力発電所を両国の電力網につなぐ新たな連系構想も検討しています。こうした案件では、風車やタービンだけでなく、高圧直流(HVDC)海底ケーブル、洋上変電、系統制御、保守体制が決定的に重要になります。
したがって、欧州海上風力の次のボトルネックは、風車そのものだけではありません。むしろ、発電した電力をどこへ、どのように、どれだけ効率よく運ぶかという送電インフラが最大の焦点になっています。
3. 英国では送電網増強が急務に
英国は欧州の中でも海上風力の導入が進んでいる国ですが、その分、送電網の増強が大きな課題になっています。National Gridは、洋上風力など新たな再生可能電源を需要地へ届けるため、複数の大型送電プロジェクトを進めています。たとえば、Norwich to Tilburyは、Norfolk、Bramford、Tilburyを結ぶ約180kmの400kV送電線計画であり、東部イングランドの新たな電源を南部の需要地へ運ぶための重要プロジェクトです。
ただし、こうした送電網整備は簡単ではありません。The Timesが報じたNational Gridの114マイル級送電線計画では、洋上風力由来の電力を運ぶために必要なインフラである一方、鉄塔建設や景観影響をめぐって地域住民の反対も起きています。これは欧州全体に共通する課題です。脱炭素のために電力網を増強する必要がある一方で、陸上ルートでは景観・土地利用・住民合意が問題になりやすい。そのため、海底ケーブルやHVDCによる「見えにくい送電網」の重要性はさらに高まると考えられます。
4. ただし、海底ケーブル案件にはリスクもある
欧州の海底送電網構想は大きな可能性を持つ一方で、リスクもあります。Reutersは2025年9月、東地中海で計画されているGreat Sea Interconnectorについて、欧州検察当局が調査を行っていると報じました。このプロジェクトは、欧州とキプロス、将来的にはイスラエルを結ぶ構想ですが、遅延、費用、実現可能性、地政学的懸念をめぐる問題を抱えています。
この事例が示しているのは、海底ケーブル事業が単なる技術案件ではないということです。超長距離の電力インフラには、巨額投資、複数国の規制調整、海域利用、許認可、地政学的リスク、費用負担の分配が絡みます。北海のように協力体制が進んでいる地域であっても、費用分担や収益配分、誰がどのリスクを負うのかという制度設計が不可欠です。
その意味で、欧州の海上風力発電網構築は、発電技術の勝負ではなく、インフラ・金融・政策・サプライチェーンを統合する総合戦になっています。
住友電工の欧州プレゼンス:ケーブルが欧州エネルギー転換の主役になる
1. 住友電工は「海底ケーブル時代」のど真ん中にいる
このような欧州の潮流の中で、日系企業として特に注目すべきなのが住友電気工業です。住友電工は、洋上風力や国際連系線に不可欠な高圧直流(HVDC)ケーブル、特にXLPE絶縁ケーブルの分野で実績を積み上げています。2019年には英国-ベルギー間のNEMO Link向けに400kV直流XLPE海底ケーブルを納入・完工し、その後もドイツCorridor A-Nord、英国-アイルランド間Greenlinkなどで受注を拡大してきました。
住友電工が強いのは、単にケーブルを作れることではありません。長距離・大容量送電に向くHVDC XLPEケーブルで、世界最高水準の技術実証を進めてきた点にあります。同社は2022年、525kV直流XLPE海底ケーブルについて長期実証試験に合格したと発表しました。同試験では、従来の最大送電容量1.4GWを40%以上上回る2GW超の大容量送電が長期安定的に可能であると認定されたと説明しています。
北海で構想される100GW級の海上風力ネットワークでは、発電所と各国送電網を結ぶ大容量HVDCケーブルが不可欠です。つまり、住友電工の技術領域は、欧州のエネルギー転換のまさに中核に位置しています。
2. スコットランド・Nigg新工場は、欧州戦略の転換点
住友電工は2023年4月、英国スコットランドのハイランド地方に電力ケーブルの製造・販売会社を設立すると発表しました。背景には、英国やスコットランドで洋上風力導入が進み、欧州が世界有数の電力ケーブル需要地になっていることがあります。同社は、英国を中心とする欧州市場向けに電力ケーブルを現地で製造し、安定供給と長期保守対応を実現することで、欧州市場でのプレゼンスを高める方針を示しました。
在エディンバラ日本国総領事館によれば、このスコットランド・Nigg港での海底ケーブル工場プロジェクトは、総額3億5,000万ポンド規模で、15ヘクタールの敷地に58,000㎡の工場を建設する計画です。さらに、世界最高電圧となる525kV直流海底ケーブルを製造予定であり、今後10年間で約330名の雇用創出が見込まれると説明されています。
この投資の意味は大きいです。欧州では、洋上風力や国際連系線の拡大に伴い、海底ケーブルの供給能力がボトルネック化しています。住友電工が英国に製造拠点を持つことは、単なる海外工場建設ではなく、欧州のクリーンエネルギーサプライチェーンに日系企業が組み込まれることを意味します。
3. 大阪製作所がマザー工場、Niggが欧州現地供給拠点
2025年9月には、英国エディンバラ公爵エドワード王子殿下が住友電工の大阪製作所を訪問しました。住友電工は、大阪製作所の電力ケーブル工場をスコットランド新工場の「マザー工場」と位置づけており、同訪問では、電力ケーブルの製造工程や出荷前試験、さらにスコットランドから長期研修で来日中のエンジニアとの交流も行われました。
これは、住友電工の欧州戦略が単なる現地生産ではなく、日本で培った品質管理・製造技術・人材育成を欧州に移植するモデルであることを示しています。北海の海上風力網構築では、ケーブルの品質と信頼性が極めて重要です。一度敷設した海底ケーブルのトラブルは、修理コストも時間も大きく、電力供給への影響も大きい。だからこそ、住友電工のように高電圧ケーブルで長期実証と実績を持つ企業の存在感が高まります。
4. Sea Link受注:住友電工の存在感を決定づける案件
住友電工の欧州プレゼンスを象徴する直近の案件が、英国National Grid向けのSea Linkです。2025年12月、住友電工はNational Grid Electricity Transmissionより、英国南東部ケント州と東部サフォーク州を結ぶ**140kmの525kV高圧直流(HVDC)XLPEケーブルプロジェクト「Sea Link」**を受注し、設計・調達・建設を含むEPC契約を締結したと発表しました。着工は開発許認可取得後の2027年後半を予定しています。
Sea Linkは、National Gridの「The Great Grid Upgrade」の中核をなすプロジェクトの一つです。英国の既存送電網を強化し、再生可能エネルギーを効率的に供給するための重要インフラです。住友電工が納入するHVDCケーブルは、スコットランドNigg港に建設中の新工場で製造される予定であり、英国政府が重視する現地サプライチェーン強化、雇用創出、脱炭素化にも貢献します。
この案件が重要なのは、住友電工が単なる部材サプライヤーではなく、EPC契約を通じて、設計・調達・建設まで関与するプレイヤーとして位置づけられている点です。プロジェクトパートナーにはSiemens EnergyやVan Oordも含まれ、住友電工は欧州の主要インフラ企業と並ぶ形で、英国の送電網強化に関与しています。
5. Shetland2やGreenlinkに見る、国際連系線での実績
住友電工はSea Linkだけでなく、英国-アイルランド間のGreenlinkでも実績があります。2021年には、住友電工とSiemens Energyによるコンソーシアムが、Greenlink Interconnector Limitedから、英国とアイルランドを結ぶ±320kV直流送電システムをEPC契約で受注しました。
また、在エディンバラ日本国総領事館の情報では、スコットランドNigg工場の起工式に合わせて、SSEN Transmissionが計画する英国本土とシェットランド諸島を結ぶ約330kmの525kV HVDC XLPEケーブルプロジェクト**「Shetland2」**について、住友電工による受注内定が発表されています。これは、スコットランド周辺の洋上風力を英国本土へ送るための重要なインフラと考えられます。
こうした案件を並べると、住友電工の欧州戦略は明確です。英国・アイルランド・スコットランド周辺の海底送電網において、国際連系線と洋上風力接続の両方を担う中核ケーブルメーカーとして、プレゼンスを高めようとしています。
6. 課題:需要は大きいが、工場立ち上げと供給責任は重い
一方で、住友電工の英国新工場には課題もあります。日刊鉄鋼新聞は2025年11月、同社が英国で建設を進めている電力ケーブル工場について、建屋建設が5カ月程度遅れ、生産開始が当初予定の2026年下期から遅れ、早ければ2027年度からになる見通しだと報じました。ただし、受注済み案件の工期への影響はない見通しとも報じられています。
これは、欧州の海上風力・送電網市場の成長が大きい一方で、ケーブル工場そのものの立ち上げが簡単ではないことを示しています。高電圧海底ケーブルは、製造設備、品質保証、試験設備、熟練人材、敷設船との連携まで含む複雑な事業です。欧州で需要が拡大しているからこそ、供給責任も重くなります。
住友電工にとっては、Nigg工場を予定通り戦力化できるかどうかが、今後の欧州プレゼンスを左右する重要なポイントになります。
まとめ:欧州の海上風力発電網は、ケーブル企業の時代を開く
欧州の海上風力発電は、単に風車を建てる時代から、国境を越えた送電網を構築する時代へ移っています。北海100GW構想、2030年代のクロスボーダー案件、英国のGreat Grid Upgrade、東地中海連系線のような長距離プロジェクトを見ると、今後の焦点は発電量だけでなく、どれだけ効率よく、安定的に、国を越えて電力を送れるかに移っています。
この中で、住友電工は日系企業として極めて重要なポジションを取っています。NEMO Link、Greenlink、525kV XLPE技術、スコットランドNigg新工場、Sea Link受注、Shetland2案件への関与は、同社が欧州の再エネ送電インフラに深く入り込んでいることを示しています。
欧州の海上風力発電網構築は、今後も政策・資金・地域合意・サプライチェーンの問題を抱えながら進むでしょう。しかし、そのボトルネックの一つである高品質な大容量海底ケーブルにおいて、住友電工はすでに欧州で存在感を確立しつつあります。
日本企業にとって、これは非常に示唆的です。欧州のGX市場では、完成品や発電設備だけでなく、インフラを支える素材・ケーブル・電力機器・施工・保守の領域に大きな機会があります。住友電工の事例は、日本企業が欧州の脱炭素インフラにどう深く入り込めるかを示す好例と言えるでしょう。
参考情報
https://www.nationalgrid.com/the-great-grid-upgrade/sea-link
https://sumitomoelectric.com/jp/press/2023/04/prs050
https://sumitomoelectric.com/jp/press/2025/09/prs123
https://sumitomoelectric.com/jp/press/2025/12/prs158
https://sumitomoelectric.com/jp/press/2022/10/prs120
https://sumitomoelectric.com/jp/publications/pr-news-articles/press/2021/09/prs072
https://www.edinburgh.uk.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00523.html




